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くろよんは50周年 [今日の出来事]

「おわら風の盆(@宇奈月)がやってます、今年最後ですので、ぜひ踊りに参加して下さい」と言われたものの、昨晩は前日までの寝不足もあり、夕食を頂いた後、敷いてもらったお布団に入ってそのまま眠ってしまった。(旅館ってこういうところが極楽♪)仲居さんが何度も何度も「おわら風の盆」と言うのが、なかなか文字として認識できず、何をそんなにオススメされているのかさっぱり分からず、はぁと頼りない返事をしていたのだけど、調べてみると20年以上前ブームになり、毎年30万人以上(本祭は9/1〜9/3らしい)集めにぎわいをみせるお祭りと分かった。数年前「ストーリー」という言葉がビジネス書で流行ったけど、物事の背景を知ると俄然興味が湧いてくるもの。ブームの火付け役となった本は、日本版「マディソン郡の橋」みたいな話らしく設定自体に全くそそられないのだけど、この祭りを舞台としたミステリーがいくつかあるらしいので、読んでみようかな。

さてさて、2日目はこの旅最大の目的地が控えている。

GWにアルペンルートを立山から室堂まで行って「雪の大谷ウォーク」までは体験したものの、行けなかった黒部ダム。昭和の大事業と言われる黒部ダム建設は、映画にもなっているし(夫と事前に観てくれば良かったねぇと話し合ったのだが、やっぱり背景を知ると見える景色の意味合いが違ってきますからね)、建設の困難さ、その壮大さはつと有名で、だから逆に実物を見た時に期待の分反動が大きくなるのではと心配した。

アルペンルートに入る前、これまたGWには行けなかった称名滝でマイナスイオンを浴びた。と書くと優雅に聞こえるけど、落差日本一の350mを誇る称名滝は、駐車場から1.3km手前で車両(自転車含む)禁止になり、水量豊富な音は聞こえども、坂道を行けども行けども姿が見えず。たった1km程度にも関わらず20分程かかってようやく付いた先に、まるでご褒美かのように、4段に折れながら流れる大瀑布、高山植物が咲く絶景に出会えるのでした。

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アルペンルートに戻り、日本一高い通行料(52,500円也)を払って、ツアーバスは室堂まで一気に到着。4ヶ月前に辺り一面真っ白だった景色は、少し紅葉が始まっていて、四季の変化になんだか感動。半年以上雪の下で耐えて丸みを帯びた葉っぱになった松など生命力豊かな木々が顔を出し、一部は既に咲き終わってしまっていたけど可憐な高山植物を観察することも出来た。

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室堂からは、トローリーバスとロープウェイ、ケーブルカーを使って、ようやく黒部ダムへ。まず上部から眺めるダムの姿は、渓谷深く高く雄々しく、美しい穹窿型の途中から放水された水で上がった水煙がその神秘性を一層高めているような感じだった。反対側に目を移せば、雄大な姿が嘘のような静かな湖面。この対照的な姿も見所に一つだけど、湖面側だけ見ていると、どれほどの苦労があったか忘れそう。

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何より興味を引かれるのは、昭和の人々が、死傷者を出しながらも、困難に立ち向かって建設したその歴史。TOKYO 2020が決まって、20年以上続く閉塞感に一光指してたけれど、自分達が置かれた環境を考えれば楽観視できない状況に、黒部ダムの荘厳な姿は、勇気をくれるような気がする。ただ、黒部ダム(くろよん)誕生から今年50周年を迎えるのだそうだけど、戦後の経済復興に日本全体が力づけられ、人々は明るい未来を一点の曇りもなく信じていられた状況から、今は社会状況もましてや電力需要、環境も違いすぎる。なんだか複雑な気分になった。

黒部ダムから扇沢までは電気で動く日本唯一のトローリーバス。途中、くろよん建設の最大の難所であり、たった80mの長さを7ヶ月かかったという(『黒部の太陽』に描かれた)破砕帯が青いライトで照らされているのを見た。バスで通り過ぎるとあっという間で、その困難さが忍ばれるのでした。

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近づいている台風の影響で、夜の星空ウォッチは中止。残念。

今年2回目の富山 [今日の出来事]

年に2回も同じところに行くの?という意見を押し切り、今日から富山です。

富山は、日本で知られていない県ランキング(ずいぶんヒドいアンケートだ)で4位だそう。残りの人生で旅行に行ける回数を考えると、確かにもっと行くべきところ、見ておく自然、遺産があると思う。しかしながら、日本は四季がある美しい国のはず。観光に良いタイミングはあるだろうけど、同じ場所の四季を感じてみたいじゃないの。

ということで、GWに乗れなかったトロッコ電車が1日目のメインイベント。

今回乗ったのは窓がない普通車。まるで遊園地の園内列車のような可愛らしい趣きで、これがかつて発電所建設のために切り立った峠を分け入って資材を運搬し、一般開放された時「便乘ノ安全ニ付テハ一切保證致シマセン」(今こんな事書いたら相当叩かれるでしょうね)と警告されて乗った電車とは思えない。乗った瞬間からワクワク^_^(けっして鉄ちゃんではない)

出発前富山は涼しいのでは?という期待は見事に裏切られた気温は、出発駅の宇奈月駅でも大して変わらず、座っているだけでじんわり汗が(この日は9月だというのに30℃ちかくありました)。

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出発するとすぐに鉄橋を渡り、眼下に渓流と対岸に険しい渓谷の姿が見え始めます。始めの数本のトンネルは特に特徴のないコンクリートを塗り固めて出来ていて、何ら感動を覚えなかったのだけど、しばらくすると硬質な気配に壁を見つめると岩盤が剥き出しに。車両はその壁ギリギリをガタガタを音を立てながら進みます。

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そうするうちに、自然の匂いも感じられてきて、さぁいよいよ渓谷の奥に入ってきたなと思っていると、気温も徐々に下がってきました。トンネルに入ると冷たい風とともに一気に気温が下がり、この先にどんなに厳しい自然があったのだろう?と想像させるのに十分な雰囲気。車窓はトンネルを出るたびに眼下の渓流が小さくなり、高度を増していることが分かります。

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トロッコ電車なので、そのスピードは普通電車と比べるわけもなく、たぶん自転車と同じくらいの速さ?驚いたのは、一般観光客に混じって、作業服姿の男性(女性の姿は1人も見なかった)の数の多いこと。これだけの人に日々支えられて電力が作られていることをマジかで感じると、色々と考えさせられます。

鐘釣駅で下車して渓流へ。渓流の脇には温泉の溜池(?)が出来ていて、足湯を楽しむことも可能(41℃!)。渓流の水量、力強さに圧倒されて、ただただ眺めてしばしボーッと。人間は自然の一部のはずだよなぁーなんて思いながら過ごしたのでした。なんか生き返った!

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2013.09.13

老化、いやこれはもう劣化と呼ぶしかない 大惨事の1週間 [今日の出来事]

老化、いやこれはもう劣化と呼ぶしかないかも。
今週起こった惨事。

ミーハー(死語か?)な私はこういう物に弱いのだけど、近所のドラッグストアで見かけた「香水のような目薬」というキャッチコピーにつられ、成分や効用無視で香水の瓶に似せた目薬を購入。目薬って容量が多くないから、透明の器に入った赤い液体は、確かに香水のような威厳というか、何か特別なものっていう雰囲気を醸し出してなかったわけでもなかった。でも、一旦指そうとすると、プラスチック独特の安物加減が隠しようもなく、まぁそーだよねーって感じだった。

なのにです、同じカゴに入った香水を指してしまったのです。

目覚めに目薬を指すのを習慣にしているのだけど、うんぅん?なんか違うぞ、と指令が脳に到達する前に、目薬の何倍もある口からドボドボと。

香水に含まれるアルコール成分がものすごく痛い。洗面所にすっ飛んで、すぐに水道水で流した(落ち着いてからググったら処置としては間違ってなかった。10 - 20分ぐらいは流せと書いてあったけど。)けど、当然ながら充血するは、ヒリヒリするわ。おまけに本やPCを見ると文字が二重に見える。単にちょっと飛んだとかいうレベルでないので、非常事態。

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めげずに会社に出かけ、お仕事頑張り、飲み会をドタキャン(視覚をやられていたので気持ちが悪かった)し、早めに寝ようかと立ち上がったら、第二の悲劇が。

なんと、頭を壁と床に打ち付けたのです。

一瞬にして目の前が真っ暗になり、受け身、しゃがむ、何かに捕まるってことが叶わないうちに、(多少想像入りで)フラッと傾いた身体はまず壁に、そしてバウンドしてそのまま床に。

立ちくらみ自体は珍しいことではないし、倒れる前に身体が対応していたのに、なんという劣化でしょう。人間自分の身に起こるはずがないって思っていたことに遭遇すると、そのことがどれだけ痛みを伴なおうと、まず事実にビックリするようです。手にグラスを持っていたこともあり、「あーこぼしちゃった」とまず壁と床を拭き、ホッとしたところでようやく痛みが。人生で経験したことがない大きさのタンコブができました。

これは同じ日に起きた出来事。厄日としか思えません。

そして、昨日は人生初で定期を紛失する。
飲み会からの帰途に立った時には改札を通過しているので、乗車から降車の間で無くしたことになるのだけど、全く記憶なし。夫は盗まれたんだというけれど、定期入れの定期だけ抜き取ることできるかなー。定期入れの面って落ちないようにビニール製だから、スッとするの難しいと思うのだけど。ただ、紛失時に再発行できるSuica定期だったので、被害は最小限に抑えられた。うっかり者の皆様は多少プラスαでも、再発行可にするのがオススメですよ。

頭部打撲に関しては、念のため産業医に紹介状を書いてもらい、脳神経外科で異常なしとお墨付きを貰いました。これまで何度となく受けたCTを胸部ではなく頭部に受けることになるとは。胸部の時は「息を大きく吸って、はい止めて」の繰り返しだったのだけど、頭部は検査台がちょっとづつ動き光が照射されるという繰り返しで、輪切りされている感じがする検査でした。

とまぁ、1週間単位でみると稀に見る不幸が続いた今週。
しかし、今日からお休み。
少し遅めの夏休みに出掛けてきまーす♪

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5年を超えて [今日の出来事]

5年前の今日、食道がんの手術をした。
こういうのって記念日って呼ぶ?(若干違和感)

昨日の検査結果はまだ分からないけど、内視鏡の最後には「きれいでしたよ」と言われたから、まぁ大丈夫だろう。食道がんはリンパ節への転移が早いから、再発の心配は5年区切りより前になるけど、一区切りついたと言えるんじゃないだろうか。

日中はほとんど振り返ることはなかったけど、今頃、いろんな思いが過る。

がんが見つかった時点で、内視鏡(つまり胃カメラ)での切除には適さない進行度で、治療方法をいくつか提示されたが、最終的に手術に選んだ。
手術をした国立がん研究センター(当時は国立がんセンター)のHPにもあるけど、当時の手術は開胸手術が一般的で、腹腔鏡手術(お腹に数カ所穴を開け手術用内視鏡でがんを切除)=低侵襲(患者の負担が少ない)は1割程度。私の場合は、腹腔鏡手術を提示されることもなかった。
がんになる要因は分かってないくせに、治療法の進化は目を見張るものがある。

がん、その後の手術で、身体的に失ったものは多い。
もちろん、がんが早期に見つかって、こうして生きているのは喜ばしい(?)けど、切除後のQOLは極めて低い。
個人差が大きいと言われるけど、開胸による身体的な痛み、食道切除に起因する問題は結構残っている。こういう人って1割ぐらいの割合らしい。つまり可哀相な人の一人?

確率論であって、他にも選択のしようはあった。
もちろん、だからって結果で、自分が選択したものに後悔しているわけではない。
けれど、何の因果か仕事で軟性、硬性(検査、手術用)の内視鏡に係わり合いを持つようになり、やたら低侵襲と言われると、(こんな言葉を覚えたってことも含めて)複雑な気持ちにはなるなぁ。

まとまりのない文章になってしまったけど、自分ががんになったことの意味を考えるのは、今日はこのぐらいにしよう。。。

明日もお仕事が私を待っている!

映画『遺体 明日への十日間』 [今日の出来事]

「やっぱり観ない方がよかったかも」
映画『遺体 明日への十日間』を観始めてすぐ、そんな風を思った。

何気ない日常を、穏やかに過ごす人々の姿を描いた直後、映像は激しい揺れに切り替わる。画面は暗い劇場に溶込み、まるで今この瞬間、この場で、地震が発生している感覚に陥らせる。津波など実際の映像はなく、役者が演じているにもかかわらず、これが当時現実に起きたこと、と観客に思わせるのに十分な映像。まさに自分の座っている地面が揺れてきそうで、チケットを買っていると意識しなければ、確実に席を立っていた。

もうすぐ2年前のあの日がやってくる。

オフィスにいた私は、人生で初めて、避難訓練通りに机の下に逃げなくちゃと思った。首都圏に住む人々の大半と同様に帰宅難民となり、それでも自宅に戻りたくて、深夜に動き出した新幹線の乗車券を求めて寒風吹きすさぶコンコースで数時間待ち、救出しに車を走らせてくれた両親が駅に到着するまで、寒さに体を丸めて耐えていた。恐怖ではなかったけれど、不安だった。

実際には何が起こったのか、いつか来ると言われる首都圏の直下型震源地震にどう対処すればいいのか、知りたいことはいくつもある。ただ、震災関連の情報に触れると、心が落ち着かなくなる。
2年経っても一向に進んでいないと報じられている被災地の復興、原発の問題、わずかばかりの金銭的援助を定期的に続けているだけで、実際に何も貢献出来ていないという思いも相まって、ここ数日増えてきた、311の報道に若干のストレスを感じている。被災地の思いはいくばかりかと思うと、こんなにも報道する必要があるのか?と考えてしまう。

それは映画であっても変わらない。
311関連の映画の公開が増える中、それらの作品を観ようという気は起きなかった。被災地の方々には支援が足りないという思いが強いのかもしれないけれど、あの日をなんらか体験した者が忘れるはずがない。興行収入が被災地に贈られるというのであっても、別の形で支援すればいいと思っていた。

そんな思いがある中、この映画を観る気になったのは、『エンジェルフライト 国際霊柩送還士』を読んだからだ。賞を取ったせいか、本屋で平積みされていたこの本の、聞いたことのない職業と、昨今発生したアルジェリアの事件もあり、手に取る気にさせた。冒頭から、こんな事で金儲けする輩がいるのか?と怒りが、この本を読み進めさせた。日本人独特の弔いのスタイル、見送る遺族があってこその死というフレーズが、自分の死を見送る遺族がどれほどいるのか?という不安で胸に迫った。子供を持たない我が家にとって、冗談ながら、どちらが早く死ぬかというのは、先を競って「自分が先」というなる話題だ。家族が死者を弔う意味を考えるさせるのに十分なインパクトだった。

なぜ生きている時と同じ顔、姿に拘るのか、死と向き合うというのはどういうことか?、色々考えさせられる映画だったのは間違いはない。

死と真摯に向き合う人々に、ただただ頭が下がる。

「9・11」の容疑者とされた男の殺害 映画『ゼロ・ダーク・サーティ』 [今日の出来事]

ビンラディンの殺害計画、『ヘルプ〜心がつなぐストーリー〜』のジェシカ・チャステインが主演というぐらいの予備知識で観た映画『ゼロ・ダーク・サーティ』。
ビンラディンの殺害を知ったのは確かテレビのテロップだったと思う。ちょうど年度決算準備の超繁忙期で、オバマ大統領とクリントン国防長官が作戦の様子をLiveで確認していたこと、それ以上に裁判もなしで容疑者を他国で殺害したことに違和感を覚えたぐらいしか、この事件の印象は残っていない。

そんな先入観なしではあったけど、この映画の製作はコロンビア・ピクチャー、つまりアメリカの視点で描かれる「9・11」の終結なわけで、実際どう落とし前をつけたのか、なんて正当かするのか、ちょっと意地悪な気持ちで見始めた。

映画は、「9・11」の悲劇は必要以上に追わず、ビンラディンの行方を信念で(執念深く)追う女性分析官の視点で進む。当初尋問という名の拷問に顔を背けていた彼女が、いつしか自分でも拷問を真実追求の手段として躊躇なく用いるようになる。
「正義」という言葉が人間の善悪を簡単に覆すことに、恐ろしさを覚えるけど、そんな観客の気持ちは置き去りに、アルカイダメンバー達から拷問によって情報を引き出していく様が描かれる。誰にとっても同じ正義というものは存在しないけど、首謀者とされているだけの容疑者をあぶり出すために、アメリカは大きな犠牲を払ったなと感じる。

2001年の同時テロから、2011年5月1日に殺害が実行されるまで10年の歳月があったわけで、映画は女性分析官の成長が、ビンラディンを発見するプロセスの中で語られる。しかし、ビンラディンの殺害、その時何が実際にあったか?がやっぱり主軸で、なぜ彼女が優秀な分析官(諦めないのも優秀さに欠かせない要素だとは思うけど)として抜擢されて、あれ程までに強い気持ちで追い続けたのか、ちょっと説明が足りない。悪い映画とは思わないけど、戦闘シーンの連続に気が滅入った。

最後の彼女の涙、あの表情をどう受け取ったらいいのか、人によって受け止め方が違うだろう。
首謀者を殺しても、テロとの戦いが終わらないこと、彼女が予見していた涙ではなかったろう。
あれから、世界はちっとも平和になっていない。

150万人の命を偲ぶ 映画『命をかけたバイオリン』 [今日の出来事]

『命をかけたバイオリン』は昨日観た『マリーゴールド・ホテルで会いましょう』とは真逆な映画。
第二次大戦で犠牲になった150万人の子供達を偲ぶ、音楽が結ぶ子供達の物語。

ユダヤ人の歴史的背景はつと有名だけど、宗教、出自でこれほど理不尽に命を奪われていい理由があるのか、多くの人々が殺戮を許容できるのは何故なのか、やっぱり分からない。1年以上前に観た『サラの鍵』で、ユダヤ人と自覚がないまま育つ不思議、ここまで忌み嫌われる理由に改めて興味が沸き、『ユダヤとは何か。』とか読んでみたけど、未だに腑に落ちない。

ところで映画は、追われた者が追い、助けられた者が助けと、状況によって立場が替わり、また人間の強さ、弱さがあり、見応えのあるものでした。ただ、テーマ性の強いものは、自分の中で消化できるまで、すっごく時間がかかる。

ストーリーの行き先、運命はおおよそ想像が付くのに、子供達が奏でる調べ(特に♪友情の曲は印象的)が効果的で、ストーリが進むにつれ、思わず手を組んで祈っちゃう映画。生きてることに乾杯。

セカンドライフの生き方 映画『マリーゴールド・ホテルで会いましょう』 [今日の出来事]

映画『マリーゴールド・ホテルで会いましょう』は、007シリーズの"M"役で知られるジュディ・デンチら熟年男女7人のインドでのセカンドライフの物語。

ストーリーに新鮮さがあるわけでもなく、ドラマチックな何か起こるわけでもないんだけど、この映画なんかいい!

まだ行ったことのないインドだけど、混沌として、雑多で騒がしく、でもエネルギッシュで優しい雰囲気を感じられるし、色鮮やかな風景が一瞬で別世界に連れて行ってくれる。
舞台となった街がピンク基調(実際にピンク・シティーと呼ばれるらしい)なのも好印象。

何かを手放す勇気も、何かを受け入れることで得られる楽しみも、いつからでもチャレンジできるという希望も与えてくれる。

演技力抜群の俳優陣、ジュディ・デンチももちろんいいけど、差別主義者でキャラに共感が持てず、画面に登場するたびにイライラさせられる、元使用人役のマギー・スミスが最高。
終盤まで何ら感情移入しなかったのに、最後は一番前向きにさせてくれる。

とにもかくにも、人生は本人次第。自分の足で立ち、あきらめちゃ台無しだよね、と思ったのでした。

父の一張羅 [今日の出来事]

「めざましテレビ」の「さきつぶニュース」というコーナー。
(いきなり話題が逸れるが「さきつぶニュース」でコメンテーターを務める前刀氏は今の上司(達)の元同僚。「(彼が出たら)即チャンネルを回す(表現が古い)」と憎々しげ(男の嫉妬?他にも理由あり?!)語るのを聞き、逆に見るようになったコーナーです(笑)しかしあのコーナーにコメンテーターは要らないのでは?)

今日の話題は女性のパターンオーダースーツ。
テーラーメード程ではないにしろ、体型に合わせてアレンジが出来るスーツが流行っている(らしい)。

オーダースーツいいですよね。
手術後にかなり体重が減ってしまった時、5号でもサイズが合わず困った。
幸い(?)一番痩せていた時代にオーダーしたスーツを(着れなくなった)妹から譲ってもらって助かったことがあったっけ。
オーダースーツのいいところは、体にピッタリ合うこともあるけど、着るだけで自分の状態が計れること。
既製品だと多少の体重の増減は吸収しちゃうけど、オーダースーツならテキメン。
体型、ずいぶん手術前に戻って参りました^^;;

ただ既製品の種類が豊富な女性のスーツより、オーダーしてでも作って欲しいのは男性だと思う。
女性に較べて選択肢がほとんどない男性にとって、スーツは一も二もなく勝負服。
それなのに、体に合ってないスーツを着る男性ばかり。
袖、裾丈だけでなく、身頃をフィットさせようよ。
格好良くなくてもいいけで、だらしなく見えますけどぉ。

オーダースーツで思い出すのは、父の一張羅(スーツ全般)。
我が父は、もちろん(?)カッコ良いわけではないけれど、スーツ姿だけは(?)いつもピシッと決まってました。
帰宅後すぐにブラシでホコリを払う姿は、何か儀式のようで更にスーツが神聖なもののように感じてました。

その秘訣は、一番体型、スタイルに合うブランドで、きちんと計ってスーツを作って貰っていたこと。
子供だったのでどこまでオーダーしていたかは定かではないけれど、胸板が薄くでも(多少?)お腹の出た体型を上手く隠してカッコ良く見せていた。
母の貢献も多分にあるけど、スーツ着ている時だけ(?)はカッコ良い父でした。

その父も今は悠々自適の身。
結婚した当時はもちろん働いていたけれど、スーツ姿をほとんど見る機会のなかったToToは、そんなカッコ良い父を知らない。
天然の父しか知らない彼には、やっぱり父は面白い人でしかない?!
頑張れ父!

そんな事を思った日でした。

19Fから落下 [今日の出来事]

目の前で漫画のような出来事が起こった。
”おむすびころり”のように、ボールペンがフロアに何度かバウンドした後、エレベーターとフロアの溝にちょうど平行になり、あっという間にその穴に吸い込まれていったのだ!

拾う間もなく、本当に一瞬の出来事。
業務を終え、エレベーター前で首にかけた社員証を外しポーチに終おうとした時、そのポーチからボールペンが飛び出したのだった。
(話は逸れるが、社員証や鍵、鏡、ルージュなどを入れているのは、実はパスポートを入れるためのミニクラッチ。TILA MARCHの超お気に入り♪(今年絶版になっちゃった。色違いで2つ買っておいて良かったぁ。))

エレベーターには、20F(本社ビルは20階建て)から乗ってきた男の子2人(若手(風も含めて)はこう一括りにする)。
私以上に驚いた様子なので、「落ちちゃいましたね」と言いながらエレベーターに乗り込む。

お気に入りでわざわざ購入したペンだったのだけど、こういう時は慌てても仕方がない。
1Fの警備室に声を掛ければよいかとのんびり構えていたら、先客の一人が何故か私以上に慌てた様子。

「このエレベーター大丈夫ですか?」
「(ボールペン)何階まで落ちたんでしょうか?」

と聞いてくる。

隙間に何かが落ちるなんて想定済みで設計しているだろうし、何でそんなに慌てる必要があるのか?と不審に思う程アタフタしてて、久しぶりに「杞憂」って言葉が頭に浮かぶ。
その男の子は、元々降りるつもりだったのか、途中の階で早々に姿を消した。

その後ろ姿を見送った直後、もう一人の男の子が「(落ちたものは)大事なものですか?」と聞いてきた。
今度は何?と思いつつ無難に答えようとすると、「あの僕、総務なので対応しておきます。」と。
なんだ、気が利くじゃなぁい♪
連絡先をメモしたら、彼も途中の階で降りていったのでした。

というわけで、何事もなかったように会社を後に出来たのでした。
人の輪を感じました。日本人はこういう動きが出来るのよねぇ、なんて思いつつ。
(先方が名乗らなかったので、本当に大丈夫か?エレベーター事故が起きたらどうしよう?と一瞬頭をよぎったけれど、その5分後には対応済みのメールが入ってました。Good Job! Good Job!)

ちょうど数日後に点検があり探してくれるらしいけど、19Fから落下したボールペンというのは無事なものなのか?
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